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最高裁判所第一小法廷 昭和56年(行ツ)161号 判決

東京都中野区中野四丁目九番一五号

上告人

中野税務署長

生駒三郎

右指定代理人

柳川俊一

小川英明

遠藤きみ

篠原靖宏

古川悌二

東条敬

細井淳久

佐藤恭一

鴨下英主

吉岡光憲

東京都中野区中央二丁目四番三号

被上告人

共同電気有限会社

右代表者代表取締役

崔昌植

右訴訟代理人弁護士

佐藤義弥

右当事者間の東京高等裁判所昭和五二年(行コ)第一八号青色申告書提出承認取消処分、課税処分取消請求事件について、同裁判所が昭和五六年六月一九日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人柳川俊一、同小川英明、同遠藤きみ、同篠原靖宏、同古川悌二、同東条敬、同細井淳久、同佐藤恭一、同鴨下英主、同吉岡光憲の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤崎萬里 裁判官 団藤重光 裁判官 本山亨 裁判官 中村治朗 裁判官 谷口正孝)

(昭和五六年(行ツ)第一六一号 上告人 中野税務署長)

上告代理人柳川俊一、同小川英明、同遠藤きみ、同篠原靖宏、同古川悌二、同東条敬、同細井淳久、同佐藤恭一、同鴨下英主、同吉岡光憲の上告理由

原判決は、上告人が、被上告人の簿外預金であった訴外西武信用金庫本町通支店(以下「西武信用金庫」という。)に対する預金名義人大石一郎・預金元帳番号一四五一及び預金名義人伊藤一郎・預金元帳番号一一七〇の二口の通知預金(以下「本件通知預金」という。)の払戻金(前者一四五万三、二一二円(昭和三八年四月一五日払戻し)・後者一二七万八一〇円(昭和三七年一〇月一〇日払戻し)・合計二七二万四、〇二二円、以下「本件通知預金の払戻金」という。なお、この払戻日及び払戻金額については、当事者間に争いがない。)のうち少なくとも一七一万三、二三七円は、当時被上告人の実質的代表者であった(形式上の代表者は新山禎美)松本政雄こと崔昌植(現在の被上告人代表者、以下「松本」という。)が取得したものと認め、これを被上告人の松本に対する賞与の支給と認定して、被上告人に対し昭和三九年一二月二五日付けでなした昭和三八年七月分の源泉徴収による所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分(以下「本件処分」という。)について、「本件通知預金の払戻金の使途は結局不明であり、したがって、……被控訴人〈被上告人……上告人指定代理人注〉代表者が取得し、費消したものと認めるには足りず、被控訴人が被控訴人代表者に賞与として支給したものと認定していた控訴人〈上告人……上告人指定代理人注〉の本件処分は……違法である」(原判決二一丁表)として、右各処分を取り消したものである。

しかしながら、以下に述べるとおり、本件においては、特段の事情のない限り右通知預金の払戻金を松本が取得したと認めるべき諸事情が存するにもわかわらず、同払戻金の具体的使途が不明であることを理由として、同払戻金を松本が取得したとは認められないとした点において、原判決には経験則違背又は理由不備の違法があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一、およそ被上告人のようないわゆる個人会社ないし同族会社(法人税法二条一〇号)の代表者ないし実質的経営者が会社の簿外預金を支配管理している場合において、その預金が払い戻され、かつ、それが会社のために使用されたことが明らかでないときは、他に特段の事情の存しない限り、右代表者ないし実質的経営者がその払戻金を取得したものと推認するのが経験則であるということができる。

二、それは、次のような理由によるのである。すなわち、まず、会社の預金を実質的経営者が管理する場合には、その払戻しは同人において受けたものと推認することができる。そして、いわゆる個人会社ないし同族会社においては、実質的経営者が会社の営業、経理(資金の運用)等、経営に関する一切の実権を把握し、他の役員、株主等がこれを抑制することを期待し難く、実質的経営者において秘密の簿外資金を蓄積するなどして、これを取得・費消するということが容易であり、しかも、実質的経営者は、その経済生活において会社と別個の権利主体であることの認識に乏しいうえ、簿外預金はいわゆる表帳簿に記載されていない点で会社の公的資産ではないので、その使途については、実質的経営者個人のために使用される蓋然性が大きいのである。また、会社のために使用したのであれば、その使途の証明は実質的経営者において容易になし得るはずであり、これに対して課税庁側においてその使途を明らかにすることは極めて困難なことであるといわなければならない。

したがって、前記のように、当該資金の使途が不明で、会社のために支出されたとは認められない場合には、特段の事情がない限り、実質的経営者個人においてこれを取得したものと推認することができることは、社会通念上一般に承認された経験則であるというべきである。

このような考え方は、既に多くの下級審裁判例においても承認されているところである。例えば、福岡高裁昭和五二年九月二九日判決・行裁例集二八巻九号一〇二九ページにおいては、「凡そ代表者の個人会社ないし同族会社と目される法人の簿外資産たる使途不明金については、首肯するに足る合理的な使途の説明がない限り、原則として、当該使途不明金は、之を代表者個人に対する臨時的給与、即ち賞与金と推認するを妨げない」と判示し、また、別添の高松地裁昭和四四年(行ウ)第七号事件の昭和五四年六月二一日判決・税務訴訟資料一〇五号七五六ページにおいても、「原告会社は、……代表者工藤の同族会社で、同人においてすべての経理を掌握していたものであるから、右簿外資産たる定期積金預金の使途不明金五〇万円については、首肯するに足る合理的な使途の説明がない限り、これを原告代表者工藤に対する臨時的給与、すなわち賞与として支給されたと推認して差し支えないというべきである。」と判示している。

そのほか、同様の考え方に立って、同族会社の使途不明金について、代表者に対する賞与の支給があったと認定した裁判例として、別添の山口地裁昭和四二年(行ウ)第一一号昭和四六年八月三〇日判決・税務訴訟資料六三号三八七ページ、その控訴審広島高裁昭和四六年(行コ)第一〇号昭和四九年一二月九日判決・同七七号六二一ページ、その上告審最高裁昭和五〇年(行ウ)第三二号・昭和五一年一二月七日第三小法廷判決・同九〇号七二八ページ、東京地裁昭和三八年(行)第九六号の一昭和四七年一〇月三〇日判決・同六六号七九三ページ、その控訴審東京高裁昭和四七年(行コ)第七九号昭和五〇年一二月二四日判決・同八三号七七八ページ、その上告審最高裁昭和五一年(行ツ)第三九号昭和五一年一二月七日第三小法廷判決・同九〇号七三三ページ、奈良地裁昭和三七年(行)第四号昭和四八年三月三〇日判決・同六九号一〇八八ページ、その控訴審大阪高裁昭和四八年(行コ)第七号昭和五五年四月三〇日判決、岡山地裁昭和四三年(行ウ)第一一号昭和四八年四月二〇日判決・税務訴訟資料六九号一二六四ページ、水戸地裁昭和四四年(行ウ)第二号、四五年(行ウ)第四号昭和五四年六月一四日判決・同一〇五号六三〇ページ、東京地裁昭和五〇年(行ウ)第一〇五号昭和五五年六月二五日判決、東京地裁昭和五二年(行ウ)第五六号昭和五五年七月一七日判決、広島高裁昭和五三年(行コ)第六号昭和五五年八月二八日判決等多数がある。

また、賞与の支給認定に関するものではないが、必要経費の支出に関する立証の要否について、別添の東京地裁昭和四一年(行ウ)第八号昭和四九年五月一〇日判決・税務訴訟資料七五号三六九ページは、必要経費の支出がなかったことについては、被告課税庁に立証責任があるというべきであるが、事柄の性質上、被告において右支出のなかったことの立証は極めて困難であるのに対し、原告においてはその立証が極めて容易であることに鑑みれば、本件のように右支出の有無が証拠上全く不明な場合は、右支出はなかったものと推認するのが相当である旨判示している。

三、 これを本件についてみると、以下に述べるとおりである。

原判決及びその引用する第一審判決は、被上告人代表者が本件通知預金の払戻金を取得したかどうかを判断するに当たって、当事者間に争いない事実及び証拠上認められる事実として、次のような事実を確定している。すなわち、

1 被上告人は、松本が資本金の七〇パーセントを出資し、昭和三二年設立当初から実質的代表者として経営に従事していた同族会社であること(原判決の引用する第一審判決三〇丁裏ないし三一丁表)。

2 松本は、被上告人の実質的代表者として被上告人の簿外預金を自己の管理下において、自己の意思により自由に処分することができる地位にあったこと(原判決一六丁裏)。

3 被上告人の本件簿外預金二口が払い戻されたこと(原判決の引用する第一審判決二八丁裏)。

4 上告人所部の係官らが、本件通知預金の払戻金の行方を追求したが、昭和三七年一〇月一〇日に被上告人の当座預金に入金された四四万三、〇〇〇円を除き、被上告人の主要取引金融機関である西武信用金庫の預金に預け入れられた形跡も、他の銀行に預け入れられた形跡もなく、被上告人が、不動産の取得、会社の設備等の支出に充てたり、借入金の返済に充てた様子もうかがわれず、簿外経費の支出に充てた事績も見当たらなかったこと(原判決一六丁裏、原判決の引用する第一審判決三一丁表)。

5 松本は、本件通知預金の払戻金の行方について、上告人所部係官らの質問に対し明確な答弁をしなかったこと(原判決の引用する第一審判決三一丁裏)。

6 本件通知預金の払戻金の使途に関する被上告人の主張についても、結局これを認めるに足りる証拠はないこと(原判決二〇丁表、二一丁表、その引用する第一審判決三一丁裏ないし三四丁表)。

7 結局本件通知預金の払戻金の使途は不明であって、具体的には松本個人のために費消したと断定しえないだけではなく、会社のために使用したとも確認されないこと(原判決二一丁表)。

右のような各事実を総合すれば、前述の理に照らして、本件通知預金の払戻金は、特段の事情がない限り松本が取得したものと推認するのが経験則に適った合理的な判断というべきである。

しかるに、なんら特段の事情がないのに、本件通知預金の払戻金を松本が取得したことを認めなかった原判決には、経験則に違背したか、あるいは理由不備の違法があるものといわなければならない。

四、1 しかも本件においては、本件通知預金の払戻金を松本が取得したとの推認を補強するものとして次のような事情がある。

(一) 松本の昭和三四年ないし昭和三八年分の各総所得金額は、本件第一審判決添付別表三に記載のとおり、最も多い年でも六三万五、〇〇〇円にすぎないところ、松本の家族のうち五名は松本の扶養親族であり、これらの者の生計費をも考慮すれば松本が昭和三四年から昭和三八年までの間に被上告人が松本に帰属すると主張する各預金をする余裕があったと認めることは困難であること(原判決の引用する第一審判決の二一丁裏ないし二二丁表)。

(二) 西武信用金庫において松本名義で、昭和三八年一二月二五日に二〇〇万円、昭和三九年三月一八日に三〇〇万円の二口の定期預金が各設定され、同信用金庫が松本に対し昭和三九年一月から二、四〇〇万円の分割貸付を開始し、右定期預金は右借入金の返済に充当されていること(原判決一九丁表ないし二〇丁表)。

2 原判決は、右1(二)の事実について、「右二口の定期預金は、いずれも本件通知領金の払戻がなされた昭和三七年一〇月又は同三八年四月からすると、八か月ないし一年以上も後に設定されたものであり、……その間の本件通知預金の払戻金の管理が明確にされない限り、たやすく右払戻金をもって上記定期預金を設定したものと推認することはできない。」と判示している(原判決一九丁裏)。

しかし、一方において前記三のとおり代表者の支配する会社の簿外預金の払戻金の使途が不明で、他方において右1(一)に指摘したとおり他に特別の収入のない右代表者の個人預金が右簿外預金の払戻後に増加しているときは、その間に多少の時間的隔りがあっても、その払戻金そのものが右預金に充てられたかどうかはともかくとして、特段の事情がない限り、右簿外預金の払戻金が右代表者の個人預金の増加に寄与しているものと推定するのが経験則であるといわなければならず、少なくとも、前記三によって松本が会社の簿外預金を取得したとの推認を補強するに足りる事情というべきである。

しかるに、原判決は、この点を看過して、あたかも右簿外預金の払戻金そのものが松本の個人預金に充てられたことが具体的に認められなければ、右簿外預金の払戻金を松本が取得したと認めることはできないかの如く誤解して、前記のように判示しているのであって、この点においても原判決には結局経験則の適用を誤ったか、理由不備の違法があるものといわなければならない。

五、原判決は、上告人が本件通知預金の払戻金を松本が取得したと推認すべき重要な間接事実として主張した城西病院及び極東ルバル貿易に対する貸付金について、いずれも松本個人の貸付であるとは認められないとして、上告人の主張を排斥している。しかし、仮に、原判決の判示するとおり右二個の貸付が松本個人の貸付とは認められないとしても、このことは前述の「特段の事情」に当たるとはいえず、本件通知預金の払戻金を松本が取得したとの推認の妨げとなるものではない。

(注) なお、原判決は、訴外城西病院及び極東ルバル貿易に対する貸付金についての判断においても、経験則違背又は理由不備の違法を犯している。すなわち、

1 昭和三八年二月一一日に二〇万円が大石一郎名義の普通預金に入金されていることが認められるが、右普通預金は被上告人の仮名預金と認められるのであるから、右入金が、被上告人代表者個人の貸付金の弁済であると推認することは困難である旨判示している(原判決一八丁裏)。しかし、被上告人は、右二〇万円について、松本個人の貸付金の返済金を入金したものであると自認しているのである(被上告人の第一審における準備書面(五)の二の(一))。しかも法律上は右預金は被上告人に帰属するものとはいえ、前記のように原判決も認定するとおり、松本は同族会社である被上告人の代表者ないし実質的経営者として、右預金を含む被上告人の簿外預金を自己の管理下において、自己の意思により自由にこれを処分することができる地位にあったのであるから、この返済金が被上告人の簿外預金に入金されたことをとらえて、松本個人の貸付金であることを否定することはできないはずである。

2 城西病院に対する貸付金が松本個人の貸付金であることを認めるとするならば、右に述べたことは、極東ルバル貿易株式会社に対する貸付金についての原判決の「大石一郎名義の普通預金は被控訴人の仮名預金と認められるのであるから、控訴人の主張する右貸付金の弁済金は被控訴人に入金されていることとなり、被控訴人代表者個人の資金による貸付金の弁済金であると推認することは困難である。」(原判決一八丁表)との判断についても共通していえることである。したがって、同様に松本個人の貸付金であることを否定することはできない道理である。

したがって、本件通知預金を松本が取得したとの推認を補強する右のような重要な間接事実について、たやすく上告人の主張を排斥した原判決は、これらの点においても経験則の違背又は理由不備の違法があるといわなければならない。

六、以上述べたとおり、前記一、二の経験則に照らせば、原判決が確定した前記三の各事実によって、本件通知預金の払戻金は松本が取得したものと推認すべきものであり、まして、前記四、五の各事実をも併せ考えれば、当然右取得の事実を推認すべきである。

したがって、右通知預金の払戻金の取得をもって、被上告人から松本に対し賞与の支給があったものと認めるのが相当であるといわなければならない。それにもかかわらず結局これを認めなかった原判決には、前記経験則の適用を誤ったか、又は理由不備の違法があるものというべく、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。

よって、原判決はすみやかに破棄されるべきである。 以上

(添付目録書類省略)

添付裁判例目録

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注 出典欄の「税資」とは国税庁編・税務訴訟資料を指す。

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